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挿絵

下記の事例を読んで、少し考えてください。

テーマ「無限大」

とある女は、寂しがりで、しかも結構モテるわりに、彼氏がなかなかできなかった。というのも、近づいてくる男がなんだか最初から重いし、かつて二人ほど付き合ったことがあったが束縛されることが多かったからである。そうなると好きな気持ちが起きなくて、逃げたくなってしまう。

かといって、寂しがりだから、全然振り向いてくれそうな冷たい人ともやっていける自信がないし、「なんで放牧して飼いならして優しくしてくれる人がいないのか」と半ば怒りすら覚えるのであった。

この事例について「およそ妥当なこと」を言っているものは下記のうちどれでしょうか。一つ選んでみましょう。

◆彼女が望むような男は一人もいないと言える
◆彼女は本気でぶつかってくる男と向き合ったほうが良いと言える
◆なかなか望むような男に会えないのは仕方がないと言える

▼正解とコラムを読む▼

校長の解説正解「なかなか望むような男に会えないのは仕方がないと言える」

「なんで放牧して飼いならして優しくしてくれる人がいないのか」
この怒りについて考えてみると、つまり彼女は甘えたいときに甘えたいし、のしかからないでほしい、自由にさせてほしい、寂しいときはケアしてほしい、そんな風に考えているのである。男の側から考えてみた場合、それを可能にする男というのは、どういう男だろうか。まず、のしかからないということで、あまり不安になってはいけない。余裕があって人に頼らない。しかし彼女をケアするモチベーションは高くて、つまり彼女のことを大好きでなければならない(深く愛していなければならない)。しかも、人の気持ちがよく分かる(ケアできる)成熟した人でなければならない。もしルックスとかもある程度望むなら、さらに壁は高くなる。

世の中にそういう男がいないわけではないが、相当に厳しい条件である。言ってみれば、「愛情深いけれども余裕があって干渉はしてこない」というのは、甘えたい人にとっての理想であり、それが最高の器なのである。例えば赤ん坊に対する母親ならば、圧倒的に器の差があるから、それが可能だろう。ハイハイがやっとできるような乳児を相手にするのならば、手に負えるから、ある程度の自由を与えたふりをしながら見守ることができる。しかし恋愛の場でそれほど器の差がある人を落とすというのは、これはもう大変である。そういう男は、なかなか世間に出まわらない「上物」であり、しかも若ければ若いほどにいないから、ちょっと年齢がいってしまっている人しか見つからないかもしれない。

例えば学生時代にそういう男がいた、と思っても、社会に出てみればなかなか世の中は厳しくて自信や余裕をなくしてしまうかもしれないし、そういう「器」は保てないかもしれない。

言ってみれば、彼女が望む男は、他の人にとっても理想的である。だからといって彼女が「現実を見ない高望みをしている」と言いたいのではない。奇しくも(?)彼女が、干渉もされたくないし、愛されたいしかまわれたいし、カッコよく生きていてほしい、などと男に望むことで、恋愛のあり方の理想形が見えてくるというのが今日言いたいことである。

よく、彼女を自由にさせる男か、彼女にマメにかまう男か、もしくは我が道を行って「ついてこい」というような男か、どれが好みかなどという話になりがちだが、実はそういう問題ではない。男も女も、どういう付き合い方をすれば理想的か、どういうタイプの人間であれば理想的で魅力的か、と考えたら間違えるだろう。我々は神様を目指しているのである。つまり、まぁもちろん人間には限界があるから全知全能にはなれないが、例えば相手が自由を望むならそれを許し、例えば相手が寂しがっていればそれを察知してケアし、例えば相手が魅力的で自分らしく生きている人を望めばそうやって生きることもできる、そういう人になるのが一番良いに決まっている。全部兼ね備えていて、相手の日々の変化に応じて望み通りでいられる人が一番良いに決まっている。

なかなか人は全てを兼ね備えたり、相容れないものを兼ね備えたりできないから、「性格のタイプ分類」などというのがある程度成立するが、本当はどのタイプが良いかとかではなく「頂点」があるということを忘れないでほしい。数学の「無限大」のように概念上でしか存在しないものではあるが、良いものを全て兼ね備える、という方向性が存在するのである。ケアしてくれる愛情深さも、自由活発に生きるたくましさも、大胆さも繊細さも、センスの良さも、心の闇を突き性的興奮を最高にえぐるような妖しさすらも、択一ではなく矛盾なく一人の人間に存在し得る。

ともすれば我々は、問題文の彼女が「なんで放牧して飼いならして優しくしてくれる人がいないのか」と言ったときに、そういうタイプの人ってなかなかいないよなぁとか漠然と思うのではないだろうか。しかし実際のところは、それはただの「いろいろ持ってる人いないかなぁ」なのである。「私に合う男いないかな」ではなく、ただの「イイ男いないかなぁ」なのである。

神様、頂点、になるのは実質的に不可能だが、「人の魅力はタイプ別にいろいろとある」「人は一長一短ある」という捉え方だけで落ち着かず、いろいろと高い次元で兼ね備えることができるしずっと上のほうまで続いている、ということを忘れないでほしい。

・・・といっても、「現実には」ネガティブさゆえに文学や芸術で異才を発揮するなど、人の偏りが世の中を面白くしていたりもするのだが。

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